VRの歴史について
バーチャルリアリティ(VR)の歴史
はじめに
バーチャルリアリティ(VR:仮想現実)は、コンピュータによって生成された人工的な環境にユーザーを没入させる技術です。今日ではゲーム、教育、医療、産業デザインなど多岐にわたる分野で活用されていますが、その起源は驚くほど古く、半世紀以上前に遡ります。本ドキュメントでは、空想科学から現実の技術へと進化したVRの軌跡を辿ります。
1. 1950年代〜1960年代:初期のコンセプト
1962年Sensorama(センソラマ)の登場
VRの歴史における最も初期の試みの一つは、撮影監督であったMorton Heilig(モートン・ハイリグ)によって開発されました。彼は1950年代後半、「Experience Theater(体験劇場)」という構想を持ち、1962年に「Sensorama」というプロトタイプを製作しました。
Sensoramaは、現在のヘッドセット型とは異なり、アーケードゲーム機のような大型の筐体を覗き込むスタイルでした。この装置は、3D映像を見せるだけでなく、ステレオ音声、振動、そして「匂い」まで出すことができ、バイクで街を走る感覚を再現しようとしました。これは「マルチメディア」という言葉が存在する遥か前の画期的な発明でした。
2. 1968年:最初のVRヘッドセット
1968年ダモクレスの剣(The Sword of Damocles)
現代のVRヘッドセットの直接的な祖先と言えるのが、コンピュータ科学者Ivan Sutherland(アイバン・サザランド)とその学生Bob Sproullによって1968年に開発されたシステムです。これは世界初のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)とされ、ユーザーの頭の動きに追従してワイヤーフレームの立体映像を表示することができました。
しかし、当時の装置はあまりにも重く巨大であったため、ユーザーが首を痛めないように天井から吊り下げる必要がありました。その見た目の威圧感から、ギリシャ神話にちなんで「ダモクレスの剣」と呼ばれました。実用性は皆無でしたが、これが「コンピュータ生成映像への没入」という概念を決定づけました。
3. 1980年代〜1990年代:発展と停滞
「バーチャルリアリティ」という言葉の誕生
1987年、VPL Research社の創設者であるJaron Lanier(ジャロン・ラニアー)が「バーチャルリアリティ」という用語を一般に広めました。同社は「EyePhone」というHMDや「DataGlove」という入力デバイスを開発し、VRの商品化を試みました。
90年代のブームと挫折
1990年代に入ると、アーケードゲームや家庭用ゲーム機でVRへの関心が高まりました。セガの「VR-1」や、任天堂の「バーチャルボーイ」(1995年)などが登場しましたが、当時の技術では解像度が低く、処理速度も遅かったため、多くのユーザーが「VR酔い」を経験しました。期待に対し技術が追いついておらず、VRブームは一時的に沈静化することとなります。
4. 2010年代:VRのルネサンス
2012年以降Oculus Riftの衝撃
VRの歴史が大きく動いたのは2010年代です。当時10代だったPalmer Luckey(パルマー・ラッキー)がプロトタイプ「Oculus Rift」を開発し、Kickstarterで資金調達に成功しました。スマートフォンの普及により小型高解像度ディスプレイや安価なセンサーが利用可能になっていたことが、このブレイクスルーを後押ししました。
その後、Facebook(現Meta)によるOculusの買収、HTCとValveによる「HTC Vive」、ソニーの「PlayStation VR」などが相次いで登場し、高品質なVR体験が一般家庭でも可能になりました。この時期、VRは「未来の技術」から「手の届く家電」へと変わりました。
5. 2020年代:現在と未来
2020年代に入り、VRはさらなる進化を遂げています。PCやケーブルを必要としない「スタンドアローン型」(Meta Questシリーズなど)が主流となり、手軽さが飛躍的に向上しました。また、パススルー機能(外部カメラで現実世界を見る機能)の進化により、VRとAR(拡張現実)を融合させたMR(複合現実)への移行が進んでいます。
今後は、解像度のさらなる向上、デバイスの軽量化(メガネ型への進化)、そして触覚フィードバック技術の発展により、現実と区別がつかないほどの没入体験が可能になると予測されています。教育、リモートワーク、仮想旅行など、エンターテインメントの枠を超えた社会インフラとしての役割が期待されています。
結論
1960年代の巨大な機械から始まったVRの旅は、半世紀を経て私たちのリビングルームに到達しました。技術的な制約と戦い続けた先人たちの努力により、かつてはSFの世界の話だった「仮想空間への没入」は、今や日常の一部になりつつあります。この技術は、私たちが世界を体験する方法、学ぶ方法、そして他者とつながる方法を根本から変えようとしています。
