「アバターで商談なんてありえない」と言っていた 営業部長が考えを変えた理由
対面至上主義だったベテラン営業部長が、なぜメタバース空間やアバターを通じたコミュニケーションの可能性に目覚めたのか。その意識変革のプロセスと、実際のビジネス現場での活用事例、そして見えてきた「新しい信頼関係」の形について紐解きます。
はじめに:営業部長・佐藤の「絶対的な信念」
「営業というのは、膝を突き合わせて、相手の目を見て、空気を感じ取って初めて成立するものだ。画面越しならまだしも、漫画のようなキャラクターで商談をするなんて、お客様に対して失礼極まりない。」
私の部署の責任者である佐藤部長(仮名・52歳)は、常々そう口にしていました。彼はバブル崩壊後の厳しい時代を、足で稼ぐ営業スタイルで生き抜いてきた叩き上げのビジネスマンです。コロナ禍によりZoomやTeamsでのオンライン商談が普及した際も、最後まで抵抗感を示していました。「カメラをオンにしない商談は商談ではない」というのが彼の口癖でした。
そんな彼にとって、近年話題となっている「アバター(分身)」を用いたビジネスコミュニケーションは、到底受け入れられるものではありませんでした。それは遊びの延長であり、神聖なビジネスの場にはふさわしくない不真面目なツールだと断じていたのです。
懐疑から興味へ:きっかけとなった「カメラオフ」の壁
転機は突然訪れました。ある大手IT企業への大型提案案件でのことです。先方の担当者は非常に多忙で、初回面談から全てオンラインでの実施となりました。
しかし、問題が発生しました。先方の企業文化として「ミーティングでのカメラ使用は任意」とされており、担当者および決裁者の全員がカメラをオフにして参加してきたのです。佐藤部長は真っ黒な画面に向かって、必死に熱意を伝えようとしました。しかし、相手の表情が見えないため、提案が刺さっているのか、退屈しているのかが全く読み取れません。
「手応えが全くない……」。商談後、佐藤部長は深く溜息をつきました。相手の反応が見えないことによる心理的な不安は、百戦錬磨の彼のパフォーマンスを著しく低下させていたのです。
そんな折、先方の担当者から意外な提案がありました。「次回は、弊社のバーチャルオフィスで少しラフにお話ししませんか?アバターなら、カメラオフよりも『そこにいる感』が出ますので。」
本来なら断る場面でしたが、背に腹は代えられません。佐藤部長は渋々、その提案を受け入れることにしました。
実証実験の開始:初めてのアバター商談
当日、PC画面の中に作られた3Dの会議室に、佐藤部長のアバターが入室しました。操作はおぼつかないものの、事前に部下が設定した、スーツを着た誠実そうなアバターです。
驚いたことに、先方のアバターが入室してきて手を振った瞬間、佐藤部長の緊張がふっと緩みました。真っ黒な画面に名前だけが表示されている状態とは異なり、そこには確かに「人」の気配があったのです。
「佐藤さん、今日はわざわざバーチャル空間までありがとうございます」
アバター同士が向き合い、頷きなどのリアクション機能を使うことで、会話のリズムが生まれました。カメラ越しでは自分の顔映りや背景を気にしてしまう佐藤部長も、アバターであれば純粋に「会話の内容」と「相手の反応」に集中できることに気づきました。
商談は予想以上に盛り上がり、終了後、彼はこう漏らしました。「意外と……悪くないな。顔が見えなくても、熱量は伝わるものなんだな。」
具体的な活用事例
この体験を機に、私たちの部署では試験的にアバターやAIキャラクターを活用した営業活動を取り入れることになりました。以下は、佐藤部長も認めた具体的な成功事例です。
事例1:初回アプローチの心理的ハードル低減
新規開拓において、「いきなり対面やビデオ通話は重い」と感じる顧客に対し、アバターによるオンライン相談会を実施しました。顔を出さなくて良いという安心感から、顧客の本音が引き出しやすくなり、結果として商談化率が従来のビデオ会議と比較して1.5倍に向上しました。
事例2:AIアバターによる24時間製品デモ
ウェブサイト上に、営業担当者の分身となるAIアバターを設置しました。これは、単純なチャットボットではなく、動画生成技術を用いて人間のように振る舞うデジタルヒューマンです。
多言語に対応し、深夜でも早朝でも、製品の魅力を均質なクオリティで説明してくれます。佐藤部長は当初「心がこもっていない」と批判的でしたが、AIアバターが一次対応を行い、確度の高い顧客だけを人間の営業に繋ぐフローが確立されると、「部下の疲弊を防ぎ、勝負所にリソースを集中できる」と評価を改めました。
事例3:社内会議での「Zoom疲れ」解消
顧客向けだけでなく、社内定例会議でもアバター参加を解禁しました。常にカメラ映りを気にするストレスから解放され、社員の発言数が増加しました。「顔色を伺う」文化から「意見を交わす」文化への変化が見え始めています。
考えを変えた決定的な理由
数々の事例を経て、佐藤部長が「アバター活用」を完全に肯定するに至った決定的な理由は、「情報の非対称性の解消」と「心理的安全性の確保」でした。
1. 「見られている」ストレスからの解放
ビデオ会議では、常に自分がどう映っているかを意識せざるを得ません(ミラー効果)。これは脳に大きな認知的負荷をかけます。アバターはこの負荷を取り除き、純粋な対話にエネルギーを注ぐことを可能にします。佐藤部長はこれを「究極のリラックス状態での真剣勝負」と表現しました。
2. 非言語情報の「純化」
リアルの対面では、服装や髪型、年齢、性別といったバイアスがかかります。アバターはそのようなノイズをフィルターし、純粋な「人格」と「提案内容」を際立たせます。佐藤部長は、「見た目で判断していた自分に気づいた。アバターの方が、かえって相手の言葉に耳を傾けられる」と語りました。
導入後の成果と変化
アバター商談の導入から半年が経過し、営業部には明確な数字としての成果が現れています。
- 商談数の増加:移動時間がゼロになり、かつ心理的ハードルが下がったことで、商談件数が前年比120%に増加。
- 成約率の向上:AIアバターによる事前スクリーニングと、アバター商談によるリラックスした雰囲気作りが功を奏し、成約までのリードタイムが短縮されました。
- 若手社員の定着率向上:「対面強制」のプレッシャーが減り、柔軟な働き方が可能になったことで、若手の離職率が低下しました。
かつて「ありえない」と否定していた佐藤部長は、今では社内のDX推進会議でこう発言しています。 「大事なのは手段ではない。顧客といかに心を通わせるかだ。そのための選択肢が増えるなら、使わない手はない。」
まとめ:今後の展望
技術の進化に伴い、アバターはより表情豊かに、よりリアルになっていくでしょう。しかし、本質はグラフィックの精巧さではありません。重要なのは、アバターという「仮面」を被ることで、逆説的に人間同士のコミュニケーションがより「素」に近づき、本質的な対話が可能になるという点です。
もちろん、最終的なクロージングや謝罪など、生身の人間が対面すべき場面は残り続けるでしょう。しかし、「対面か、ビデオか」という二択に「アバター」という第三の選択肢が加わったことは、営業活動における革命と言えます。
食わず嫌いをしていた私たちの営業部長が考えを変えたように、まずは一度、その「仮面」を被ってみることをお勧めします。そこには、予想もしなかった新しいコミュニケーションの地平が広がっているかもしれません。
